「嵐山」 観世会館 1月16日
「一度にたくさんの能面が出る演目はないものか?」 直面なんて とんでもない。・・・と
一度にたくさんの能面が出る演目・・・「竹生島」「「春日龍神 龍神揃え」「絵馬」「嵐山」・・・
そう うわさの「嵐山」・・・初めて拝見
桜満開の嵐山に神々が下りて春を寿ぐ賑やかで華やかな能です。
嵯峨天皇に仕える臣下が花を見にくると、花守の老人と姥が現れ、花の下を清め礼拝します。
臣下が尋ねると、この桜には時々木守・勝手明神がご来現されると言い、やがて自分たちがその明神だと明かして去っていきます。
嵐山の桜は大和吉野の桜を天皇のために移植したもの。
嵐山の桜を愛で、景色を眺めつつ舞を舞い、やがて、蔵王権現が出現し、衆生の苦しみを助け、国土を護ると誓い、木守・勝手・蔵王権現は同体異名だと述べて、栄える御代を祝福します。
前場
姥 と小尉 ・・・橋掛りで 箒をもって 姥 と小尉が向き合う姿は 「高砂」とおもってしまった。
間狂言 も 狂言面で登場 ・・・登髭 なのかなぁと思いましたが・・・猿の方がポピュラーなのでしょうか?
狂言面は 大南 豊 ということで・・・ 「猿」
クリックください。(猿はむつかしい ボス猿は品位がいるし 猿の品位とはなんぞや・・・ とも思うし)
後場
勝手 増
子守 邯鄲 もしかして三日月かもしれない (あまり よくわからなかった
) 必殺アイテムも使わなかった。蔵王権現 大飛出
やはり 「一度にたくさんの能面が出る演目」って祝言の能なのかなぁ
生身の能役者が神になるためには 能面の力を借りなければならないといことでしょうか?
そして やはり 複式夢幻能ではないので お能の深い味わいがない・・・ということ・・・なのでしょうか?
う〜ん
白洲正子さんの「明恵上人」の本の冒頭の 梅若実翁の演じた「春日龍神」の記述。
・・・うんぬん・・・春日龍神はそういった単純な能で、難しい箇所などひとつもない。特別な見どころもない。いってみれば、初心者向きの曲なのです。だからつまらないといえばつまらない。私も長い間そう思っていたのですが・・・
ある時、」 梅若実翁 が演じるのをみて 強い感銘を受けたことがあった。
そして・・・
と白洲正子さん。普通なら「飛安座」で勢いをつけてすわるところ 梅若実翁は高齢で 羽毛のような所作で 軽く回ってストんと落ちたそうです。しかし 橋掛りから見物席に至るまで龍神がひしめき合い、釈迦の説法に耳を澄ますかのようにみえたのです。
「春日龍神 龍神揃え」シテには
「釣り眼」 使わないのです。多分 梅若実翁の「「春日龍神」は 龍神揃え でないでしょう。
でも 橋掛りでは 龍神揃え が演じられていたのでしょう。
そして 白洲正子さんには 龍神揃え がみえたのです。
いわいる祝言の曲は・・・
単純な能で、難しい箇所などひとつもない。特別な見どころもない。いってみれば、初心者向きの曲
では決してないんだろうなぁ。
と思うのです。
やっぱり 寝てたら あかんよなぁ・・・と反省 そして まぁ BACKYARD を寝ささないで〜です。






「寒いと あまり 人がいないから いい すごくいい。 舞台と一体」「面も素朴な翁と黒式 父尉 本格的やで」
「違う違う 髭が抜けてるだけ 翁もやで!}



出目友水 小面
・・・出目 友水 小面・・・何で リーフレットに これ じゃないのかなぁ!
中央図書館でかりとくわ・・・えっ・・・(なんか 猶眞さんらしい・・・)
ちょっと 真中に顔 よってるよねぇ・・・

