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<title>能面打ちの傍らで</title>
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<description>能面師の夫の傍らで　お能を見たり・能面にふれたり ｡　 能面ギャラリー「猶眞の面」もご覧ください。</description>
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<title>「安宅」　友枝昭世　・宝生閑　大槻能楽堂　11月21日</title>
<description> 兄・頼朝と不仲となった源義経は、弁慶など家臣とともに山伏の一行に身を変えて都落ちし、藤原秀衡を頼るべく、奥州平泉を目指して旅を続けていました。その話を聞きつけた頼朝は、新しい関所をもうけ偽山伏の一行を捕縛するよう命令を下します。加賀の国安宅の関、富樫の某という者が関守を務めていました。そこに義経一行がさしかかります。なんとしてもこの関所を通るため、弁慶は東大寺再建の寄付を募る山伏の一行だと偽ります
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-35-origin.fc2.com/k/a/t/katawarade/200911221009147fb.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-35-origin.fc2.com/k/a/t/katawarade/200911221009147fb.jpg" alt="1_convert_20091122100814[1]" border="0" width="90" height="123" /></a><br /><br /><br /><blockquote><p>兄・頼朝と不仲となった源義経は、弁慶など家臣とともに山伏の一行に身を変えて都落ちし、藤原秀衡を頼るべく、奥州平泉を目指して旅を続けていました。その話を聞きつけた頼朝は、新しい関所をもうけ偽山伏の一行を捕縛するよう命令を下します。加賀の国安宅の関、富樫の某という者が関守を務めていました。そこに義経一行がさしかかります。<br /><br />なんとしてもこの関所を通るため、弁慶は東大寺再建の寄付を募る山伏の一行だと偽ります。不審に思った富樫が、「東大寺の勧進聖（かんじんひじり）なら、勧進帳をもっているはず」と迫ると、弁慶は、あたかも本物の勧進帳のように朗々と読み上げました。その気迫に、富樫は、一端は通行を許しますが、強力(ごうりき)に変装した義経を見咎めます。弁慶は、とっさの機転で、「お前のために疑われた」と義経を責め、金剛杖で打ち据えます。その迫力に押された富樫は、通行を許します。<br /><br />やっとのことで関を通った一行の前に、富樫が追ってきて、非礼を詫び、酒宴となります。弁慶は、富樫の罠か、と疑いながら、座興に延年の舞を舞い、心を許さずに暇を告げ、一向は陸奥へ落ち延びていくのでした。</p></blockquote><br /><br />これが　能　「安宅」のあらすじです。　<br /><br />そして　このあらすじで能　「安宅」全てがいいつくされているものと　たかをくくっておりました。<br /><br />なぜなら　もう今年　能　<a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-181.html" target="_blank" title="「安宅」">「安宅」</a>　<a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-210.html" target="_blank" title="三度目">三度目</a>だからです。<br />そして　能　<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/157.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-99.html" target="_blank" title="「安宅」">「安宅」</a>　拝見するのは　五度目だからです。<br /><br />そう　能　「安宅」　いわゆる　<strong>劇能</strong>・・・世阿弥のつくった<strong>複式夢幻能</strong>ではないからです。<br /><br />ということは・・・<br /><blockquote><p>「安宅」は、<strong>時系列で物語が進む「現在能」</strong>の代表作です。主従１２人が偽山伏に扮して都を逃れて行きますが、一行を束ねる役割が弁慶で、主君の義経に扮するのは子方です。</p></blockquote>                                       <br /><br /><strong>この曲の最大の見せ場は、関所での富樫と弁慶との対決です。</strong><br /><br /><blockquote><p>①弁慶の勧進帳の朗読<br />　　三読物の一つとされる勧進帳は、それ自体が謡の秘伝で、鼓との絶妙なせめぎ合いが面白く、聴かせ所<br />②義経殴打、山伏一同と富樫主従とのにらみ合いと、息もつかせぬ展開です。<br /><br />③最後　駄目押しに　富樫が訪れ、弁慶の機転と舞によって、ようやく窮地を脱することができる<br /><br />歌舞伎十八番「勧進帳」のもとにもなっています。</p></blockquote><br /><br />-----------------------------------------------------------------------------<br /><br />以上のことは　梅原猛さんの事前の解説でお話があったことです。<br />今回のこの演目　大槻能楽堂　企画の　哲学者・梅原猛が独特の世界観で「能を見るむと言う企画のシリーズの中の一つです。<br />ですから　いつもお能の前に一時間程度　梅原毅さんのお話があります。<br />皆さん　いろいろ　思うところもおありのようですが、私は結構　この方のお話　好きです。<br />独特の観点で解説いただけて　そんなふうな捕らえ方があるのかというところが多々あります。<br /><br />今回の安宅　<br /><br /><blockquote><p>観世小次郎信光以降のお能は　世阿弥のお能と比較した場合において　ワキやアイが活躍します。<br />ワキやアイもそれぞれ複雑な感情を持つ　シテとは違う働きをする人間として　劇において重要な役割を果たす。</p></blockquote><br /><br />シテ　友枝昭世　・ワキ　宝生閑　人間国宝どうしのぶつかりあいです。<br />アイ　茂山千三郎　これまた　猶真さん大ファンのアイ方<br /><br />そして　解説は　まだまだ続くのです。　宝生閑さんの事前のインタビュー記事の抜粋を引用して・・・<br /><br /><blockquote><p>富樫という役はオシテによってかわってくる。つまり・・・弁慶が高圧的に来る場合は　富樫も疑念を持ったまま緊張を解ないけれど・・・<br />静かな弁慶だと　義経一向としりつつわざと　その策略にのった振りをしてとおしてしまう。　これは　歌舞伎の勧進帳のときのように</p></blockquote>ということです。<br />なるほど・・・<br /><a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-99.html" target="_blank" title="はじめて　拝見した安宅　">はじめて　拝見した安宅　</a>　弁慶も　立衆も　力ずくでも　安宅の関を突破しようという緊張感がいっぱいの安宅でした。<br /><br />きっと梅原猛さんの解説をお聞きしていなかったら　「え　友枝さん今日はどうしたの」　と思っていたかもしれません。<br />静かに静かに　冷静に　富樫と押し問答を繰り返します。<br />五臓六腑に染み渡るような　押し問答<br /><br />そして　延年の舞がおわって　立衆がお幕へと引っ込んでいきます。<br />シテ　弁慶　ゆっくりと　富樫の方へ　向き直り　深か深とお辞儀をします。<br /><br />全てわかっているぞ・・・・富樫　=宝生閑　<br />全て知っていらしゃるのですね　御慈悲です。ありがとうございました。弁慶=友枝昭世・・・というかんじ<br /><br />その弁慶の後姿には　奥州　衣川での最後の姿を予感させるものが漂う幕入りでした。<br /><br /><br /><strong>今回の安宅</strong>　終わったあとに　後ろの席の方が　思わずもらした一言　<strong>「こんな安宅は始めてみた。」</strong><br /><br />同感　同感 !<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>みたよ　お能</dc:subject>
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<title>ドナルド・キーン氏の平家物語　そして神戸　そして　お能　１１月14日</title>
<description> 学校法人行吉学園の創立７０周年記念事業の一環で　すごく　お得な催しに参加させていただいちゃいました。学校法人行吉学園 神戸女子大学　といった方がピンとくるかも・・・平家物語ゆかりの史跡が数多く残る神戸で平家について考えるシンポジウム「平家の魅力を神戸から」が１４日、神戸ポートピアホテルで開かれました。結構前から楽しみにしていたのです。外国人ではじめて文化勲章を受章した日本文学研究者のドナルド・キー
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<![CDATA[ 学校法人行吉学園の創立７０周年記念事業の一環で　すごく　お得な催しに参加させていただいちゃいました。<br />学校法人行吉学園<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/160.gif"  class="emoji" style="border:none;" /> 神戸女子大学　といった方がピンとくるかも・・・<br /><br /><strong>平家物語ゆかりの史跡が数多く残る神戸</strong>で平家について考えるシンポジウム「平家の魅力を神戸から」が１４日、神戸ポートピアホテルで開かれました。<br /><br />結構前から楽しみにしていたのです。<br /><br />外国人ではじめて文化勲章を受章した日本文学研究者のドナルド・キーンさん（８７）が記念講演をされます。<br /><br />外国人ではじめて文化勲章を受章した　というのは　恥ずかしながら　当日知りました。<br /><br />我が家では　　茂山千作さんに狂言をならっていらした<strong>ドナルド・キーン　</strong>さんです。<br />お能の　ドナルド・キーン　だったのですが・・・<br />大変失礼してしまいました。<br /><br />外国人ではじめて文化勲章を受章した日本文学研究者のドナルド・キーンさん　ということなのです。<br />そんなわけで　昨年は源氏物語で引っ張りだこだったとか<br /><br />「源氏物語」を引き合いに出されながら「平家物語」の特徴を分かりやすく御紹介いただきました。<br /><br /><br /><blockquote><p>「源氏物語」では紫式部という女性が大和言葉を使って<span style="color:#ff00ff">書いた</span>物語です。<br />紫式部が作り出した　光源氏という人物を通じて　人と人とのかかわりを描いた物語です。<br />歴史的な事実ではありません。<br /><br />「平家物語」はというと　大和言葉を使って　<span style="color:#ff00ff">語られて　</span>いるだけではありません。<br />当時の中国の歴史や文化にも詳しく言及されている　ということです。<br />そして　母音を伸ばし　子音をはっきりのばす　文章で　音楽的にも素晴らしい語りものになっているとのことです。<br /> <img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/410.gif"  class="emoji" style="border:none;" />　ニ部の上原まりさんの筑前琵琶　「平家物語」　趣があって　とってもよかったです。<br /><br /><br />内容的には　歴史的な事実でありながら　「源氏物語」のように　人と人とのかかわりは全く描写されていません。<br />しかしながら　短い描写の中に人物像が鮮明にえがかれているのだそうです。<br /><br />いわく　躍動する人間像を素晴らしいことばで鮮明にあらわしている。・・・のだそうです。<br /><br />キーン氏が繰り返しのべられたのは　平家物語では　平清盛も　源義経も　どこで生まれて　どこでどうということは重きをおいていません。平家物語においては　そのことは　謎です。<br /><br />なぜか　平家物語の中ではそのことは必要ないからです。<br /><br />平家物語は　諸行無情を語っているのです。<br /><br /><br />平家物語は　脇役のエピソード　すなわちデーティテールの物語が大変興味深いとか・・・<br /><br />「武士ゆえに殺さねばならない」と嘆き、出家した<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/157.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-180.html" target="_blank" title="熊谷次郎直実">熊谷次郎直実</a>　<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/157.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><strong><a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-50.html" target="_blank" title="能　「敦盛」">能　「敦盛」</a>　</strong><br /><br />多くの敵を殺す主人公を礼賛する欧米の叙情詩とは根本的にそこが違うのです。<br />そしてその人物像を素晴らしい　描写で表す平家物語は世界の戦争文学の中でも高い地位を占めている</p></blockquote><br />ということでした。<br /><br />敗者へのまなざし　それは　日本的　日本人的なもの　であったはずなのですが。。。<br /><br />判官びいきは別として・・・<br /><br />平家びいき　は　神戸っ子の証しではないでしょうか<br /><br /><br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>傍らにて</dc:subject>
<dc:date>2009-11-19T14:14:37+09:00</dc:date>
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<title>「千寿」　高林　白口牛ニ　喜多流涌泉能　11月7日</title>
<description> 平家物語 巻十「千手の事」平重衡の処刑までの悲しい物語です。観世流では　千手ですが　喜多流では千寿・・・センジュ　母親が千手観音にちなんで　名づけたというからには　千手のほうがうなずけるようなものだが・・・流派の違いによって当てる字に違いが。。。先日の八島もしかり　観世流では屋島・・・曲名が違うものもあります　俊寛と鬼界島　黒塚と安達原内容が違うのもあります　恋重荷と綾の鼓　些細なことが　近頃　ち
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<![CDATA[ <strong>平家物語</strong> 巻十<strong>「千手の事」</strong>平重衡の処刑までの悲しい物語です。<br /><br />観世流では　千手ですが　喜多流では<strong>千寿</strong>・・・<br />センジュ　母親が千手観音にちなんで　名づけたというからには　<strong>千手</strong>のほうがうなずけるようなものだが・・・<br />流派の違いによって当てる字に違いが。。。<br /><br />先日の八島もしかり　観世流では屋島・・・<br />曲名が違うものもあります　<strong>俊寛と鬼界島</strong>　<strong>黒塚と安達原</strong><br />内容が違うのもあります　<strong>恋重荷と綾の鼓</strong>　<br />些細なことが　近頃　ちょっと　興味深い。<br /><br />そんなことは　さておき・・・<br /><br /><blockquote><p>平重衡は、平清盛の五男で、一の谷の合戦では、大手（正面）の陣となった生田ノ森方面の副将でしたが、戦に敗れ、捕われて鎌倉に護送されます。鎌倉では<strong>狩野介宗茂</strong>に預けられ、幽囚の身となります。<br />　源頼朝は、この若く凛々しい　<u>ボタンの花のような　</u>とたとえられる平家の御曹子に同情を寄せ、自分の侍女で、<strong>手越ノ宿の長者の娘</strong>である<strong>千手の前</strong>をつかわし、重衡の命のつれづれを慰めます。<br /><br />ある春の雨の降る夜、宗茂は重衡に酒を勧めようとやって来ます。<br />そこへ<u>千手が琴と琵琶を持って、尋ね</u>　重衡が願い出ていた出家の望みが絶たれたことを伝えます。<br />父清盛の命令とはいいながらも、南都（奈良）の仏寺を焼いた罪業の報いかと嘆くのです。<br /><br />「いまは今生の望み無し・・・・・」と重衡は舞います。　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />春　外は雨<br />「・・・・何なかなかの憂き契り　はや後朝に引き離るる袖と袖の露涙・・・」と謡います。<br />舞台では、中央で袖と袖がすれ違うように静に歩み寄ります。千手はそのまま舞台に残り、重衡はしずかに橋懸へと・・・翌朝、重衡は勅命によって、都へ送り帰されることになり、鎌倉を出立していくのです。<br />　そう　すなわち　　刑場へと向かいます。<br />　</p></blockquote><br /><br />白洲正子さん　謡曲　「平家物語」によると　この場面<br /><blockquote><p>橋掛りの方へ去っていく重衡と舞台の方へ還ってくる千手の前がシテ柱のあたりですれ違う。「袖と袖との露・涙」の露・涙の間で万三郎と六郎の袖が一瞬触れて離れていった。あんな色っぽい場面はあとにも先にも見たことがない。</p></blockquote>とあります。<br /><br /><br /><blockquote><p>最後の場面「はや着衣に引き離るる､袖と袖との露涙」と二人は舞台中央で交差しますが、ここをあまり近づきすぎると露骨になり舞台にイヤミがでてしまいます。少し距離をとりながらも二人の役者の心息が上手く通じて、ぎりぎりのところで離れていければいいと思います</p></blockquote>と評しておられる方もありました。<br /><br />うん　やっぱり　バイブル白洲正子'本　に従い　ここは　艶っぽい場面を期待しながら<br />今か　今かとばかりに　その一瞬　すご～く楽しみに　していたのに　不覚にも　詞章に<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/416.gif"  class="emoji" style="border:none;" />目をおとして　見逃してしまいました。<br />まぁ～　なんということでしょう　まだまだ　未熟・・・<br /><br />今　ひとつ　<strong>バイブル白洲正子'本</strong>によると　千手が重衡に目どうりがかなう場面では　御簾越しに「都の風」が匂うと表現されておりましたが。<br />重衡　大変重いツレ・・・<br />直面だし　いささか　演者もむつかしいのでは。<br />友枝雄人さん　これから楽しみだわ・・・とBAKEYARD 一人ご満悦<br /><br />重衡が処刑されたのは、京都と奈良の境木津町の安福寺堂の額は『哀堂（あわんどう）』本尊は処刑の際の引導佛　阿弥陀如来だそうです。<br /><br />そしてこのお能の二人には預かり知らぬところで　後白河法皇の策略がはりめぐらされていたのです。　<br />　お～こわ<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/399.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><br /><br />後日談があります。<br />千手２２歳の若さでした。処刑を聞いた千手は気を失い病に倒れ三日後死んでしまったとか。<br /> ]]>
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<dc:subject>みたよ　お能</dc:subject>
<dc:date>2009-11-06T20:27:24+09:00</dc:date>
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<title>「砧」　シテ　梅若　玄祥　ツレ味方玄　京都観世会館　10月25日</title>
<description> びっくりの演目　「安宅」　「砧」　「道成寺」　京都観世会　です。朝　10時半～夕方5時半までの息つく暇なし・・・すごく　楽しみでしたが　2階自由席　京都に着いたのは９時で、　開場前から並んだのですが　既に自由席は超満員・・・(一人で10人分も　座席確保せんとってほしいわ)本日の演目　お目当ては　砧です。何と　梅若玄祥さん　のシテ　味方玄さんのツレです。先日のレクチャー　　月と風　を感じることができるでしょ
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<![CDATA[ びっくりの演目　「安宅」　「砧」　「道成寺」　京都観世会　です。<br />朝　10時半～夕方5時半までの息つく暇なし・・・<br /><br />すごく　楽しみでしたが　2階自由席　京都に着いたのは９時で、　開場前から並んだのですが　既に自由席は超満員・・・(一人で10人分も　座席確保せんとってほしいわ<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/412.gif"  class="emoji" style="border:none;" />)<br /><br />本日の演目　お目当ては　<strong>砧</strong>です。<br />何と　梅若玄祥さん　のシテ　味方玄さんのツレです。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/157.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-194.html" target="_blank" title="先日のレクチャー　　">先日のレクチャー　　</a><strong>月と風　を感じることができるでしょうか</strong>と味方健さんからお話があった　「砧」<br /><br />きっと　このお二人なら　<u>月もみえて　風も吹くのだろうなぁ　</u>とウキウキの観能です。<br /><br />心覚えに<stroさんng>「砧」</strong>　あらすじ。<br /><br /><blockquote><p>九州蘆屋から訴訟のため上京している男。はや三年が過ぎ、「年の暮れには帰る」と伝えるため妻の下に侍女・夕霧を遣わす。妻は何の知らせも寄越さなかった夫の薄情を恨み、夕霧に強く当たる。恨みを述べ、悲しみに暮れる妻。そこに里人の砧打つ音が聞こえてくる。妻子の思いが、砧の音に乗って遠く離れた胡国の蘇武（中国前漢武帝の臣）に届いたという故事を思い出した妻は、自ら砧を打とうとする。秋の夜長に、虫の音、夜嵐、そして砧の音が響く。そこへ今年も帰れぬと夫からの使者が来る。妻は絶望の余り病に伏し死ぬ。<br />　急遽帰国した夫は、<u>梓弓で妻の霊を呼び供養を始める</u>。現れた妻の霊は、業にまで深まった恋慕の情、休まることない地獄の苦しみを訴える。しかし夫の弔い、法華経の功徳により成仏を果たすのだった。</p></blockquote><br /><br /><br />前場　<br />故郷で待つ妻　<br />この妻は　すごくシックな色なしの　唐織の装束なのです。<br />面　<strong>深井</strong>　これって　<strong>梅若家能面百姿</strong>　15番の深井かなぁ　是閑作・・・<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/416.gif"  class="emoji" style="border:none;" />　ちょっと　遠すぎてわかりません。　でもきっとこれだわ・・・　BACKYARD的考察<br /><br />「夕顔」　上手すぎです。<br /><br />ツレ　そう・・・控え目な・・・でも　存在感のあるツレ・・・<br />これは　都で主人と　なんかあった　と　下衆なBACKYARDはついつい　かんぐってしまう。<br />「夕顔」・・・清楚で　カレンなのです。<br /><br />妻がBACKYARDなら　きっと　夫と「夕顔」の中を疑ったでしょう・・・　　と思えるような　そんな　「夕顔」なのです。<br /><br />一方　玄祥さんの妻　<u>え　あなた　夫とどんな関係</u>　というような　そぶりはさらさらみせず　ひたすら　夫のことを思い　砧を打っち　帰りをまちわびる。<br />セレブで　純粋　無垢な　妻なのです。<br /><br />ただただ　自分にできることは　夫を思って　砧を打つこと・・・<br /><br /><span style="color:#0000ff">「今の砧の声添えて　君がソナタに吹けや風」</span><br />夫と夕顔の中を疑った　BACKYARDは　一人蚊帳のそと・・・<br /><br />そう　味方玄さんの「夕顔」　は・・・<br />　「夕顔」に一瞥もくれず　ひたすら　夫のために　砧を打とうと　よろめき　立ち上がる　妻の　後ろから　妻が　倒れないように　そっと　手を差し伸べ　自分も一緒に　砧を打とうとするのです。　<br />ただただ　主人の奥様の気持ちが　少しでも　楽になればと　いった風なのです。<br /><br />そんな中　非情にも　都から　「今年も帰れぬ」と夫からの使者・・・ツレは妻の後ろに回り両手を差しのべます。介護の気持ちの表れでしょうか・・・<br />夕顔のおろおろした様子が　ひしひしと伝わってきました。<br />純粋　無垢な　夕顔の主人の妻にたいするいたわり。<br />なんか少しでも猜疑心を抱いた自分がはずかしい。<br /><br /><span style="color:#0000ff">病の床に伏し沈み　終わりにむなしくなりにけり　　終わりにむなしくなりにけり</span><br /><br />うぉ～　すごく　はりつめた　前場でした。<br /><br />梓弓で妻の霊を呼び供養を始める　ということで　梓の出という　小書です。<br />不覚にも　<strong>霊を呼ぶ</strong>　 「梓の弓=太鼓の音」は　<strong>私の眠り</strong>　を呼んでしまったのですが・・・。<br /><br />後場　<br />山中&#36819;晶さんに　オシテ　砧　面　なにでしょう　とお伺いしましたら・・・<br />「泥眼」使われるんじゃないかな「氷見の」　とおっしゃいました・・・<br />当日　たのしみ～のBACKYARDでしたが・・・<br /><br />面　痩せ女　？<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/416.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><br /><br /><strong>この因果の妄執</strong>表現するのはやはり　痩せ・・・<br />素敵な　裏切られ方・・・<br /><strong>きた　～　</strong>て感じです。<br /><br />何かの本で　定家　砧に使える痩せ女は「坂田金剛の痩せ女」とありましたが・・・<br />猶真さんに「坂田金剛の痩せ女」って　て聞くと・・・「三井の痩せ」かナとのこと・・・<br /><br /><br /><br />シテ　　面　霊の女　<strong>梅若家能面百姿</strong>　22番<br /><br />きっと　これだ　とBACKYARD　かえってから　にんまり・・・<br /><br />霊の女・・・<br />「呵責の声のみ　恐ろしや」<br /><br />合掌・・・<br />成仏できてよかった。よかった。<br /><br /><br /><strong>きぬたの能、のちの世には知る人あるまじ。ものうきなり</strong><br /><br />すごい砧で　よかった。<br />よかった。<br /> ]]>
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<dc:subject>みたよ　お能</dc:subject>
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<title>「屋島」　 上田　大介　室町の仮面劇　大阪能楽堂　10月17日</title>
<description> お知り合いから　チケットをいただきましたので　お能の「見所デビュー」したばかりの　ヤングミセスと　拝見しにまいりました。いっぱいの会場は　中正面しか空いておりませんでしたので　二階で拝見することにいたしました。能楽堂の二階席は結構新鮮なものです。少し　貴人にでもなったように　上から一望できますから・・・どうしても　細部にばかり（面にばかり）目がいってしまう　私にはここの方がよかったかも　しれません
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<![CDATA[ お知り合いから　チケットをいただきましたので　お能の<strong>「見所デビュー」</strong>したばかりの　ヤングミセスと　拝見しにまいりました。<br />いっぱいの会場は　中正面しか空いておりませんでしたので　二階で拝見することにいたしました。<br />能楽堂の二階席は結構新鮮なものです。<br />少し　貴人にでもなったように　上から一望できますから・・・<br /><br />どうしても　細部にばかり（面にばかり）目がいってしまう　私にはここの方がよかったかも　しれません。<br /><br /><img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/157.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-140.html" target="_blank" title="「屋島」拝見するのは2度目">「屋島」拝見するのは2度目</a>ですが　まったく覚えていないのは　我ながら　びっくりします。<br /><br />「屋島」喜多流では<strong>「八島」</strong>です。<br /><br />今回は小書き　<strong>「弓流し」「那須語」</strong><br /><br />　<blockquote><p>漁師の老人が旅僧を屋島の浦にある塩屋に泊め、そこで源義経の在りし日の勇姿や景清の錣引き（しころひき）の様子を語り、我こそ義経なりと言い捨てて姿を消してしまいます。　取り残された　僧がそのまま塩屋で一夜を明かそうとしていると、塩屋の持ち主の里人がやってきて僧に気付き声を掛けます。僧は先程の老人のことを里人に話します。</p></blockquote><br /><br />里人は尋ねにこたえて・・・<br />　ここで<strong>「那須之語（なすのかたり）」</strong>をはじめます。<br /><br />「那須語」はいささか　楽しみにしておりました。　<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/157.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-14.html" target="_blank" title="茂山　千三郎">茂山　千三郎</a>氏の「那須語」です。<br /><br />義経　那須与一　景清　三保谷　四人を一人で演じ分けるのです。<br /><br />景清　のしころぴき　<br /><br />義経の命で弓を射る　那須与一<br />那須与一が大風で揺れる兵船に立てられた扇を、一矢で射落とした場面。　（もしかして　ボート見てたかも<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/12.gif"  class="emoji" style="border:none;" />　）<br />　<br /><br /><blockquote><p>みごと射止めた　那須与一に　義経が　「射たりや与一、シタリや宗高と感ず。判官もあまりの嬉しさに入興し、ヤア　あの与一を奥の間へつれていって　乳吸わせやいや乳呑せいやい・・・」<br />最大の御褒美に<strong>乳呑せいやい</strong><br />面白い表現でいかにも荒っぽい関東武士の性格をあらわしている</p></blockquote>と白洲正子さんはいう。<br /><br />那須与一を義経がこども扱いしている　と解してされる方もおられるようですが　・・・　<br /><br />私は　白洲正子さんに　<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/218.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><br />はい　しっかり　そこ　チェック　いたしました。<br /><br />大熱演の　千三郎氏・・・です。　「那須語」聞きしにまさる　重い習い・・・<br /><br /><br /><br /><blockquote><p>僧の夢の中に義経の幽霊が現れ、当時の様子、合戦の最中に海に弓を取り落として沖まで馬を乗り入れて　落とした弓を自ら取り返す義経</p></blockquote><br />小書き　「弓流し」　です。<br /><br />弓に見立てた　扇をとりに　義経が　行っているところははっきり　私にも見えたのですが・・・<br /><br />イマイチ・・・鬼気迫る弓流し・・・とは･･･　　二階席だったからでしょうか・・・<br /><br /><br />屋島　<strong>勝修羅</strong>ですが　修羅道の苦しみから　成仏できるのは　負修羅より　まだﾏまだ　豪が深いのだそうです。<br /> ]]>
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<dc:subject>みたよ　お能</dc:subject>
<dc:date>2009-10-20T17:19:31+09:00</dc:date>
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<title>ラスプーチンの涙　が放映されて</title>
<description> バタバタした日々がすぎて　いまさらながらなのですが・・・ラスプーチンの涙　が放映されて　私なりに思ったことをとどめておきます。　兵庫県芦屋の富豪・○○商店の御曹司。イギリス・ケンブリッジ大学を卒業し、イギリス流の紳士道を身につけた。身長１８０ｃｍのハンサムボーイで、生涯スポーツカーを乗り回した。　　１９４５年８月の敗戦から、１９５１年９月のサンフランシスコ講和会議までの６年間、日本は独立国でなく、他
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<![CDATA[ バタバタした日々がすぎて　いまさらながらなのですが・・・<br />ラスプーチンの涙　が放映されて　私なりに思ったことをとどめておきます。<br /><br /><blockquote><p>　兵庫県芦屋の富豪・○○商店の御曹司。イギリス・ケンブリッジ大学を卒業し、イギリス流の紳士道を身につけた。身長１８０ｃｍのハンサムボーイで、生涯スポーツカーを乗り回した。<br />　　１９４５年８月の敗戦から、１９５１年９月のサンフランシスコ講和会議までの６年間、日本は独立国でなく、他国の占領下にあった。連合国軍総司令部（GHQ）が日本を支配し、最高司令官マッカーサーが、最高権力者だった。<br />　　日本人は自信を失い、GHQの顔色を見て右往左往した。そのような時、吉田茂外務大臣の要請で終戦連絡事務局参与となり、GHQとの交渉にあたった。GHQに対して卑屈な官僚や政治家の中にあって、筋を通し、一歩も退かなかった。GHQは舌を巻き、「従順ならざる唯一の日本人」と、本国に連絡した。</p></blockquote><br />　<br />代表的なエピソード。らしいのですが・・・ＮＨＫ放送されるまで　全然しらなかったのです。恥ずかしながら・・・<br /><br /><strong>さて　わたしは　誰でしょう？</strong>　ではありませんが・・・<strong>白洲次郎さん</strong>です。<br /><br />そう　恥ずかしながら　<strong>白洲　次郎</strong>さん　大丸で　<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/157.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-170.html#tn170" target="_blank" title="白洲正子　白洲次郎展">白洲正子　白洲次郎展</a>をみに行くまでは　全然存じあげませんでした。<br /><br />めちゃくちゃ　お世話になっていたのですねぇ<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/237.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><br /><br />お能を拝見するようになって　白洲正子さん　どこにいっても　<strong>お目にかかってしまう</strong>。<br />いまでは　私の<strong>バイブル</strong>座右の書　枕元に積んである　　<strong>白洲正子本Ｓ</strong><br />そして　いまでは　白洲正子さんと同じぐらい　私の中で　魅力的な存在となってしまった　白洲次郎さん 。<br /><br /><strong>日本人が歴史上最も自信を喪失し、卑屈になっていた時期、支配者に対し、日本人の気概を示した人物が白州次郎だった。</strong><br /><br />ほんとうに・・・うなずけます　・・・戦後の坂本龍馬といわれるゆえんではないでしょうか・・・<br /><br />学生時代　いかに勉強さぼっていたのでしょう。日本国憲法の産みの親ではありませんか<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/237.gif"  class="emoji" style="border:none;" />・・・<br />これで憲法勉強したなんて　おこがましい。<br /><br /><br /><blockquote><p><br />　昭和２０年１２月のクリスマス。マッカーサー司令長官に白州次郎は天皇陛下からのプレゼントを届けた。部屋のテーブルの上はプレゼントでいっぱいだった。マッカーサーは床のどこかに置いていけというという仕草をした。すると次郎は「いやしくも天皇陛下の贈り物である。床などにおけない」と怒りを爆発させた。驚いたマッカーサーは、急いで新しい机を運ばせた。</p></blockquote><br />　<blockquote><p>GHQ民政局長ホイットニー将軍が「白州さんの英語は大変立派な英語ですね」とお世辞を言った。そこには、勝者としての奢りが込められていた。これに対して、白州次郎は「あなたももう少し勉強すれば立派な英語になりますよ」と答えたという。</p></blockquote><br /><br />有名なエピソードのかずかず・・・<br /><br />テレビのドラマの場面と実在の白洲次郎さんが　ごっちゃにはなりますが・・・<br /><br />でも私一番すきなのは　白洲正子さんに自分の進むべき道を指し示し　正子さんがすべきことを見つけるまで温かくみまもっていた　大きな器の次郎さんです。<br />すべての悪を一身に受け止め　すべてを飲み込んで　時代をかけぬけていった白洲次郎さん<br />こんなに　身近に感じられるのは　「そんなんあなたの勝手」といわれるかもしれませんが、やはり<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/157.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-184.html#tn184" target="_blank" title="三田のご出身　ふるさとは　神戸　">三田のご出身　ふるさとは　神戸　</a>ということでしょうか？・・・<br />誇りをもって　胸をはれる　郷土の先人　・・・<br /><br />そう　先日も　実際の白洲次郎さんを知っていた方から　お話　うかがうことができて　BACKYARDいささか　興奮気味なのです。<br /><br />「プリンシフル　プリンシフルとまことにうるさい人でした。」<br />「夫婦円満の秘訣は一緒にいないこと」<br />という正子さんの言葉が妙に　小気味よく　心に残っております。<br /><br />　 ]]>
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<dc:subject>独り言</dc:subject>
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<dc:creator>BACKYARD</dc:creator>
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<title>山口　安次郎　能装束展　相国寺</title>
<description> 相国寺で開催している　山口　安次郎さんの　能装束展　にいってきました。ちょうど お彼岸だったのて゜　相国寺は拝観できなかったので残念です。どんなことからはいっても　・・・どこを切ってもおタンのアメ　というのはへんですが・・・　どこからでもいい　興味が湧いたことから　お能に関心をもっていただいたら。と・・・どなたかにいわれましたが・・・・面からはいっても　裏からはいっても　お能です。私は　猶真さんの
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<![CDATA[ 相国寺で開催している　山口　安次郎さんの　能装束展　にいってきました。<br />ちょうど お彼岸だったのて゜　相国寺は拝観できなかったので残念です。<br /><br />どんなことからはいっても　・・・<br />どこを切ってもおタンのアメ　というのはへんですが・・・<br /><br /><blockquote><p>　どこからでもいい　興味が湧いたことから　お能に関心をもっていただいたら。<br /></p></blockquote>と・・・どなたかにいわれましたが・・・・<br /><strong>面</strong>からはいっても　裏からはいっても　お能です。<br /><br />私は　猶真さんの影響で　<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/157.gif"  class="emoji" style="border:none;" />  <a href="http://katawarade.blog66.fc2.com/blog-entry-94.html" target="_blank" title="&lt;strong&gt;面&lt;/strong&gt;　玄関から　お能の世界にお邪魔いたしました"><strong>面</strong>　玄関から　お能の世界にお邪魔いたしました。</a><br /><br />前置きが長くなりました。　そんなこんなで　能装束というものは　あまり興味がわきませんで 能面能装束展といわれるものを拝見しにいっても　いつも装束は　はしょって早送り状態です。なので　いまだに　詳しいことはさっぱりわかりません。<br /><br />　山口安次郎　という方が　100歳を超えても　能装束の製作にたずさわっておられるということは　聞き知っておりましたが　失礼ながら　なんか半信半疑という部分もあり　ちょっと苦手な能装束分野ということもあってか　今日まで　になっておりました。<br /><br /><blockquote><p>明治37年（１９０４）生まれ。尋常小学校卒業後、12歳で家業に従事する。27歳で独立、西陣に独自の帯織物の会社を創業するが太平洋戦争が始まったため一時中断。昭和22年（１９４７）43歳の時再開。昭和25年（１９５０）連合国最高司令官マッカーサー元帥の能装束裂地を寄贈。同時に金剛流能衣装を復元。以来、能楽各宗家の依頼により数々の能衣裳をてがける。</p></blockquote>　ということです。<br /><br />黙々と機をに向かっているお姿は　すがすがしいものがありました。<br />(会場のビデオですが・・・)<br />西陣の家に生まれ　お兄さんも長寿でいらしたようですが、五十代後半から能装束の復元をされてから　息子さんの能舞台の装束はご自身で手掛けられるとか　お謡いが好きで　ならっておられたとかで、きっと　お謡い歌いながら　機をおっておられたのだろうなぁと・・・<br />なにも存じあげないまま　勝手に想像しております。<br /><br /><strong>晴耕雨織の日々である。</strong><br />ご自身でおりなされる裂の模様のように　ご自身の人生も　たんたんと　織りなされていった様な印象を受ける　座右の銘ですが、きっと　波乱万丈の人生だったのではないかと　想像されます。<br /><br />      <br /><blockquote><p>「自分は貧しかったさかいに、謡しか習いしませんけど、せめて息子には能を舞わしてやろうと思うてね。“謡と仕舞いと習うたら、能を舞いや”といいました。息子は一生懸命やってました。それで、せめて息子が舞いよるときには、能装束をこしらえてやろうと思うて。それがしとうてね。それが、始まりです」<br />能は大名芸。囃し方も後見も地謡も、みんなシテを立てるためにある。その醍醐味を、息子に味合わせたい。わざわざ舞う曲に合わせて、更の衣裳を作って着せたい。それは、安次郎自身の夢でもあった。能衣裳を織りあげることは、その夢の実現に他ならなかったのである。 </p></blockquote>　<br /><br />・・・とあります。<br />　<br />安次郎氏の装束の特徴は<u>舞手のことを考えての少しでも　軽い能装束</u>　だそうです。　<br />難しくてよくわからなかったのですが、普通は上糸が模様をおりなさないときは裏を通るのですが、<strong>裏にでてくる上糸を裏の部分にはでないようにする工夫</strong>をほどこして　軽くするのだそうです。<img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/236.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/236.gif"  class="emoji" style="border:none;" /><img src="http://blog-imgs-1-origin.fc2.com/image/v/236.gif"  class="emoji" style="border:none;" />・・・<br /><br />どうなっているか　よくわかりませんが、すごいことだと思いました。　<br />能装束も　能面も　演者にとっては　少しでも軽いにこしたことはありませんものねぇ・・・<br /><br />猶真さんが能面で10ｇ軽くするのに四苦八苦しているのを目の当たりにみたことがありましたっけ。<br /><br />装束一両一両に　真摯なお姿が彷彿としているような　愛情たっぷりの能装束　そんな印象を受けた展示会でした。 ]]>
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<dc:subject>独り言</dc:subject>
<dc:date>2009-10-11T12:03:43+09:00</dc:date>
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